落胆の三木谷氏。ゴリ押し英語民間試験「身の丈」発言への恨み節

arata20191107

https://www.mag2.com/p/news/423310
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第一線の専門家たちがニッポンに「なぜ?」を問いかける
    萩生田文科相のいわゆる「身の丈」発言もその一因となり、「2020年度からの実施」より一転、導入見送りとなった大学入試への英語民間試験の活用。そもそもなぜ、そして誰が、公平性の担保が困難な新制度を押し通そうとしたのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、民間試験導入決定に三木谷楽天社長が果たした役割を記すとともに、今回の「混迷」をもたらした元凶を暴いています。

    旗振り役・三木谷楽天社長が落胆したであろう民間英語入試見送り

    三木谷浩史・楽天社長はどんな気分だろうか。まさか、あの安倍首相が、その忠臣、萩生田光一・文部科学大臣が、かくもたやすく、大学入試の英語試験改革から退却するとは思わなかったに違いない
    ここまで、三木谷氏にとっては長い道のりだった。大学入試にTOEFL、GTECなどいかがなものかと、専門家から強い疑問が呈されるなか、三木谷氏は官邸の産業競争力会議文科省の有識者会議をリードし文科省を動かした。何ごともなければ、2020年度から大学入学共通テストに民間の英語試験を活用する新制度がスタートするはずだった。

    そんなおり、予期せぬことが起きた。萩生田文科相が何の拍子か、テレビ番組で本音をもらしてしまったのだ。10月24日夜放送のBSフジ「プライムニュース」でのことだ。
    キャスターの反町理氏がTOEFLなど民間試験を使うことに関し、「お金や、地理的な条件などで恵まれている人は何回も受けて練習できる。その不公平、公平性ってどうなんでしょう」という趣旨の質問をすると、萩生田氏はこう答えた。
    「それ言ったら、『あいつ予備校通っていてズルいよな』と言うのと同じだと思うんですよね。裕福な家庭の子が回数受けて、ウォーミングアップができるみたいなことがあるかもしれないけれど、そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえば」
    世にいう「身の丈発言である。新自由主義的経済政策は、多かれ少なかれ、「分相応」を低所得層に強いてきた。しかし、公平を実現すべき入試で、その責任者である大臣に、「身の丈」に合わせればいいのだと、知らんぷりを決め込まれたくない。公平、平等な入試を実現するために存在するのが文科相ではないか。そのような反発の声がネット上や巷にあふれた
    この発言をきっかけに、英語民間試験導入の問題点や不備がクローズアップされた。難易度の異なる民間試験のスコアをどうして1つの物差しで測れるのかと、合否判定に使うことを見送る国立大学もあった。受験料や試験会場などについて、国からさまざまな注文が出され、事業者側の混乱が続いた。受験生からも、「試験会場が少ない地方は不利だ」「検定料が高すぎる」など、不満の声があがった。利益を確保しなければならない民間団体のコスト計算と、受験の公平性が相容れないという、あたりまえの矛盾が露呈したかたちだった。
    全国の高校の校長でつくる団体は今年9月、文部科学省に、英語民間試験の延期見直しをするよう申し入れをしていたが、萩生田大臣は「万全の体制を整える」と、予定どおり実施するかまえを崩さなかった。
    しかし、「身の丈」発言で自らの身が危うくなると、萩生田大臣の脳回路は、批判の矢が飛んでこないようにすることを優先する方向に働き始めた。安倍首相とは携帯電話ひとつで連絡がとりあえる仲である。二人が話して結論を出したのは間違いない。民間試験を受けるための共通IDの申請が、全国一斉に始まる予定だった11月1日当日の定例記者会見で、萩生田大臣は「来年度からの導入を見送り、延期する決断をした」と発表した。
    安倍首相の教育改革の目玉の一つとみて、文科省の官僚も十分に忖度し強力に推し進めてきた新制度である。萩生田大臣の失言で、いとも簡単に見送られるほどの熱意しか安倍官邸にはなかったのか。ハシゴを外されたのは文科省官僚だけではなかった。もっとも驚いたのは楽天の三木谷氏ではないだろうか。
    どれだけ三木谷氏が、英語入試の改革に熱心だったかは、文科省の「英語教育の在り方に関する有識者会議」における発言を議事録でたどることによって確認できる。
    この有識者会議では民間試験導入にかなり慎重な意見もあった。たとえば明海大学外国語学部教授大津由紀雄氏のこの発言。
    「TOEIC、TOEFLのスコアが高い、700、800、900点というようなあたりを取っていても、英語が使える人というのが非常に少ない。それだけではなくて、日本語がきちんと使える人が非常に少ない。例えば、私が日常的に接している大学生だなんていうのも、とてもみじめな状況になっている。母語という礎なしの外国語の運用能力というのは、よくてただぺらぺらしゃべることができるという、ハリボテ英語力というものにすぎない」
    楽天社内の英語常用を進めるため「TOEFL」の効用を信仰してやまない三木谷氏に対するあてつけのような意見であるが、同様の考えを抱く学者は数多い。日本語もまともに書けない学生がほんとうにグローバル人材といえるかどうか。「ハリボテ英語力」とはよく言ったものである。

    英語学習に「読み書き話し聞く」の四つの技能が必要なことは誰でもわかるし、日本の教育が読解にばかり偏ってきたのではないかという指摘もわかる。これをなんとかしようと1989年、文部省(当時)はコミュニケーション重視の英語学習指導要領をつくり、英会話に力を入れてきたはずなのに、いっこうに状況は改善されない。その原因がわからないまま民間英語試験に頼ろうとする姿勢への疑念でもあろう。

    この有識者会議ではめざす議論がスピーディーに進まないと見てとった三木谷氏は2014年3月19日付けで同会議の吉田研作座長あてに下記のような意見書を提出した。
    1. 有識者会議の下に「入試改革に関する小委員会」を設置する
    2. 本小委員会 では、以下の内容について検討を行う
      ・高校入学試験における本趣旨に沿う外部試験の活用の方策
      ・大学入学試験におけるTOEFLの導入に向けた具体的な方策
    3. 有識者会議は本小委員会の結論を尊重し、有識者会議の議論のとりまとめに反映させる
    民間試験の導入を前提とした小委員会をつくりその結論を有識者会議は尊重せよというわけだ。三木谷氏は官邸に設けられている産業競争力会議のメンバーでもあり、ビジネスに役立つ英語力アップをという同会議の議論の流れをひっさげて文科省を動かそうとしたのである。
    出来レースだったのだろうか、三木谷氏の意見はすぐに採用され、7月に小委員会が開かれて、英語民間試験導入へと大きく前進した。その後の有識者会議では、三木谷氏と大津教授の意見が激しく対立する場面があった。

    2014年9月4日に開かれた8回目の会議でのことだ。取りまとめのために配布された資料に「CEFRの文字が散見されることに大津教授が疑問を呈した。「CEFR」は語学の熟達度を測る国際的な基準で、下はA1から上はC2まで6段階のレベルが判定される。
    「TOEFL iBT」「GTEC」「英検」など異なる7種類(6団体)の英語民間試験で出るバラバラの点数を一つの評価基準にまとめるため、文科省は昨年3月、各試験の点数を「CEFR」のどのレベルにあてはめるかの対照表をつくり、民間試験導入に備えていた。2014年の時点でも「CEFR」を使う考えだったのだろう。
    しかし、そもそも、比較できない別のテストの結果を比べ一つの評価基準にあてはめるというのはどだい無理なやり方である。大津教授はこう述べた。
    「項目横断的に見え隠れするCEFRを日本の英語教育という文脈に置いたとき、それがどういう位置付けを与えられるのかについて、有識者会議で体系的に論じられたことがなく、これまでの議論におけるとても重要な欠落だと思う」
    議論もなく、英語民間試験導入を前提とした「CEFR」という文言が出てくることに違和感を抱いたのであろう。これに対して、反論したのが三木谷氏だった。
    三木谷氏 「産業競争力会議の中でも、入試改革をしましょうということがはっきりとうたわれている」「議論は小委員会でしてきた。小委員会はこの委員会の部会で、そこに委嘱されて議論しているので、当然、この委員会で議論したものであると私は認識している」

    大津教授 「小委員会でこういう議論があったとの報告はあったけれど、それについて有識者会議がどう対応するかという議論はなかった」

    三木谷氏 「それはおかしいでしょう。有識者会議でその小委員会をやることに対して反対しなかった時点で、その小委員会に任せていたということになる」

    大津教授 「小委員会で決まったことは、そのまま有識者会議で議論するまでもなく受け入れられるべきものだという認識は、私には全くありません」
    かなり激しいやり取りだったが、座長が三木谷氏の意見を重視したため、英語民間試験の導入を前提とした協議会の設置へと話は進んだ。後日、発足した協議会のメンバーが英語試験業者だらけだったのは言うまでもない。もちろん、英語など学習コンテンツの供給に熱心な楽天の三木谷氏やドリコムの内藤裕紀社長らも加わった。

     英語の入試利権はIT企業も巻き込んで大きく広がるところだった。実用的な大学のあり方を好む安倍首相も、三木谷氏の動きを応援していたはずだったのだが、最も信頼する側近、萩生田大臣が「このまま強行したら問題が拡大する」と泣きついてきたため退却に同意したとみられる。

    着々と新入試制度に対応するためのテクニック習得や勉強を重ねてきた受験生や、高校の関係者には気の毒だが、新制度のいい加減さが浮き彫りになったのは、お粗末な大臣による「身の丈」発言のおかげといえる。
    「延期」か「見送り」か、それとも「見直し」、いや「白紙」かと、色々な言葉を用い、萩生田大臣の決断の意味が各メディアで語られる。おそらく萩生田大臣の頭にはなにもないのだろう。もちろん官邸にも。なぜなら、有識者会議の議事録にみなぎる三木谷氏の熱量が彼らにはないからだ。
    民間の英語試験を大学入試に導入することそのものの是非はこのさい論じないでおこう。間違いないのは、産業競争力、教育再生、入試改革、英語力強化という言葉が先走るばかりで、制度設計が追いつかなかったこと。不平等や混乱を十分予測できたにもかかわらず、不備は後々の修正に任せることにして、政府が新たな英語入試制を闇雲に強行しようとしていたことである。

    いまさら「自信を持って受験生にお勧めできるシステムにはなっていない」(萩生田大臣)とはよく言えたものだ。そんないい加減な入試を「身の丈に合わせて」と、強行しようとしていたのは誰なのか

    混迷の元凶は安倍政権の姿勢にある。大企業や富裕層の利益を優先するアベノミクスで、社会に大きな格差を生み出しておきながら、低所得層への目配りは後回しだ。「身の丈論は萩生田大臣とともに安倍首相の本音でもあるのではないか。
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